薬害の歴史
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薬害の歴史をまとめてみました。
薬害の定義は様々ですが、有識者による発表の文献を参考にさせて頂き、広く拾い集めました。
あの薬剤が入っていない、この薬剤は薬害ではない、等色々なご意見はあるかもしれませんが、ご容赦ください。
ご指摘はお問合わせから本名をお知らせの上、お願いします。(参考文献)
知っておきたい薬害の知識 財団法人 日本公定書協会企画編集(株式会社じほう)
実例から学ぶ医薬品のライフサイクルマネジメント (土井 脩 月刊薬事)
医薬品医療機器レギュラトリーサイエンス 薬事温故知新 (土井 脩)
高野哲夫「戦後薬害問題の研究」文理閣(1981)
浜六郎「薬害はなぜなくならないか」日本評論社(1996)
薬剤疫学の基礎と実践 第2版 医薬ジャーナル社個人的には「薬害」という言葉自体にも少し違和感を感じています。
ある教科書にも書いていましたが、薬の好ましい作用のみを期待して、好ましくない作用が出たらそれを副作用として
「薬害の元凶」というレッテルを人間が勝手に貼ってしまっているだけであるという感が拭えません。土井先生は薬害の定義にむけて下記の4種にわけています。
(1)適正に使用したにも関わらず、避けられない健康被害
避けられない副作用であり、「薬害」ではない。
(例)
風邪薬等によるスティーブンス・ジョンソン症候群(SJS)や、中毒性表皮壊死症(TEN)
抗癌剤による各種副作用ただし、薬によるSJSも今後の安全性(疫学)調査によってはどうなるかわかりりません。
被害者サイドに立てば「この薬のせいで」と思う気持ちは理解できます。(2)適正に使用していれば避けられた健康被害で、被害が個人レベルであり、社会問題化していあにもの
医療過誤・医療事故に近いもので一般的には薬害としては扱われないが「広義の薬害」であり、
防止対策が必要なもので、薬害教育の対象として含めることが望ましい。
(例)
定期的な肝機能検査が義務づけられているが実施されなかったため起きた重篤な肝機能障害(3)適正に使用していれば避けられた健康被害で、被害が広範囲であり、社会問題化したもの
医療過誤・医療事故でもあるが、一般的には薬害として扱われる「狭義の薬害」
薬害教育の対象となるもの
(例)
ソリブジンとフルオロウラシル併用による代謝抑制・骨髄抑制、
陣痛促進剤による胎児死亡、
乳幼児期の解熱剤筋注による大腿四頭筋拘縮症(4)企業、行政、医療機関等の瑕疵や不作為により起きた健康被害で、社会問題化したもの
一般的に薬害として扱われる「狭義の薬害」で薬害教育の対象となるもの
(例)
イレッサによる間質性肺疾患
サリドマイドによる催奇形性
非加熱血液製剤による薬害エイズこう見ると、
(2)〜(4)は、「人によってもたらされた被害」ではないかという見解にも同意できます。
「薬」の害ではなく、好ましくない(これが害と位置づけられています)作用の発生抑止力学が働かなかった、
働くべき倫理が崩壊していた人間たちがそこに存在していたというキツイ見方も出来ます。また、薬害肝炎事件の検証及び再発防止のための医薬品行政のありかた検討委員会報告においては
安全対策に関わる情報の評価と対策の実施において留意すべきことに以下の2点を上げています。①薬害は、最新知識が不足して起きたというより、
既に製薬企業や行政が把握していたリスク情報の伝達が不十分で
リスク情報の不当な軽視により、適切な対応・対策がとられなかったことによって発生する場合がある②入手していた情報の評価を誤り、
行政が規制するという意思決定を行わなかったことに本質的な問題がある場合がある営利企業の目的である”売上”を損なうような行動につながるパワーが働くのであれば”性善説”で制度を整備できるでしょうが、
”性悪説”をベースとした考えに基づいた規制につながっています。歴史に学ぶためにもまずは広く集めました。
これら事件を風化させず、過去の事実を次世代にも受け継ぐため記録用にも残します。これら事件によって様々な教訓が得られ、多くの安全対策や救済措置が取られてきました。
薬害を史実としてまとめた教科書にはそのような大事な視点での記載がされています。薬剤疫学においては、
これら事件において、疫学が果たしてきた貢献内容に着目し学ぶこともさることながら、
今後繰り返されることのないよう、その予防に貢献するべく
産官学各領域で実践に踏み込んだ手法を模索しつづけることが必須ではないでしょうか。既にMIHARIプロジェクトでは疫学手法に関する多くの施策がトライされています。
不屈の闘志を持った原因究明調査
例えば、スモン事件
新潟水俣病を発見した新潟大学椿忠雄教授らは、
疫学的調査からスモン病がキノホルムによる薬害であることを究明しました。「内服しても水にとけず消化管から吸収されないので安全である」という非常識な”常識”が信仰されており、
整腸剤として多用されていたキノホルム。
スモン病治療薬としてキノホルムを投与されており、
緑色舌苔がスモン患者から検出されても当然だと思われていた背景。
有識者によって固められた医学会における誤った学説、行政・マスコミによる誤った扇動。これらに屈せず
東京大学薬学部田村善蔵教授による緑色色素の分析結果によって、
キノホルムと鉄イオンの結合体であることが明らかになり、
大衆薬の整腸剤にもキノホルムが含まれていることなどから
椿教授はすぐに疫学的調査を行い
・スモン病の多くの患者が、発症前にキノホルムを大量に内服していた
・キノホルム服用量が多い服用期間が長い者ほどスモン重症例が多い
・キノホルムを中止すると改善に向かう患者が多い
・キノホルム服用によりスモン同様の発症例が戦前に報告されている
ことを報告している。まさしく原因究明のキーパーソンであり、キーとなった研究であると言えるでしょう。
例えばサリドマイド販売会社に強く胎児毒性の非臨床試験を求めたフランシス・ケルシー
サリドマイドの副作用被害が明らかになるまでは、
胎盤が「胎児を守る完璧なバリアーである」という非常識な”常識”があり、
その非常識な当時の”常識”に専門的知識によって立ち向かったのでした。歴史の稿において説明した、脚気の原因検知に至った日本疫学の父こと、高木兼寛先生同様、
サリドマイド事件においてのレンツ警告、並びにキノホルムとスモンの関連性を検知した椿先生の疫学調査は
薬剤と副作用の関連性探索に大きく貢献しました。これら事例からでも、
疫学という学術分野が事実究明にむけて大きな道標を作ってくれている ことが感じられないでしょうか。
99.9%確実だと信じられていることでも、疫学調査によってひっくり返り、
真実を見つけ出すことが出来たのです。ベネフィットもある薬に対して副反応・副作用症例が1例予期せぬ形で出たからといって
すぐに出荷を止めるわけにもいかないのは道理ですが、
通常利用のうえで多くの(ここが曖昧で、でも肝なのですが)患者に似た症例が出て効能を超える苦しみを与えてしまった場合、
その真の要因(機序等)を発見し得る前に安全性措置をとることは市場からも強く望まれていることです。出てしまった被害の原因究明にも大きく貢献しましたが、被害拡大を抑えるために、
そのリスクをいかに早く検知できるかが、原因探索以外に薬剤疫学の一つの貢献場所だと考えられます。薬は販売承認前に行われる臨床試験(いわゆる治験、第1相から第3相)において、治験薬の有効性と安全性を適切に
評価する方法論が採用されているとはいえ、安全性を把握することは限界があることは知られています。
いわゆる5つtoo(Five’s too)です。Rogersが報告しています。
・too few
1万人に1件の副作用を95%の確率で検出するには30,000人の被験者が必要となるが
このような稀な副作用を市販前に検出するのは困難です。
・too simple
複雑な症状を有する患者さんや多くの薬剤を投与されている患者さんは被験者から除外されます。
・too median-aged
極端な若年層・高齢者層は治験時にはめったに組み入れられません。
・too narrow
被験者の適応は明確に定められている。
・too brief
長期間投与後に出現する副作用や、副作用発現に長期間かかるものを市販前に把握ことは困難です。新薬の開発から発売までの開発投資額(コスト)はその薬の販売額にも反映されます。
国民皆保険制度の日本では年々増加する国民医療費にも反映されます。
新薬を心待ちにしている患者さんもいることを考えると、徒に安全性ばかりを追い求めた長期間試験デザインは現実的ではありません。そこで、限界があることも承知のうえで販売承認を受けることになるのですが、
治験のみで完全に把握することが出来ない効果と安全性を
市販後も監視することが製薬企業に課せられています。再審査制度も設けて有効性・安全性双方でチェックがなされます。こうした背景の中、
既に薬の有効性についても薬剤疫学研究は貢献していますが、
市販後いかに素早く安全性疑義を検知できるか、検知した情報をすぐに役立てるか、
ここに薬剤疫学が貢献できるのだと思います。市販後、広く世の中に使われて、既知なるものも未知なるものも含めて様々な医療情報が集積されます。
情報の収集手法も高度化され、技術革新により大規模に、より素早く情報が整理され、活用できるようになった昨今、
医療ビッグデータに対する期待も年々高まっています。法改正により、製販後調査に医療データベース調査が加わりました。
4月からは医療データベースであるMID-NETの利活用が開始されます。
薬剤疫学領域で扱うことができる情報が時代とともに種類も大きさも増えてきました。上記したように、MIHARIプロジェクトでは、医療データベースを対象に数々の手法にチャレンジされています。
こうした研究や学問がオーソライズされ、今後の検証や検知活動に当たり前のように取り入れられることがまず第一歩のゴールだと考えられます。
第三者調査委員会、あるいはアセスメントチームに疫学専門者がいない、企業からの寄付金をもらっている研究者がいるなんて事態は避けなければなりません。
ちなみに、(私見ですが)
各事件の教訓として法律など規制が整備されたことや、患者救済制度が設けられたことなどがあげられますが、(それももちろん重要ですが)
なぜ疫学的アプローチが認められるような疫学分野(薬剤疫学分野)の学識的オーソリティが広まらなかったのかが不思議でなりません。
最近になってやっと日本でも生物統計・薬剤疫学の分野が注目を浴びてきたように思えますが、この当時から力を入れ始めていても良いような気がするのは私だけでしょうか?方法論にまで突っ込めていませんが、疫学調査の有効性は理解できたかと思います。
疫学分野教育の新設、薬剤疫学・生物統計の盛り上がりであったり、臨床疫学や医薬品安全性など各学会活動の盛況ぶりであったり、
これからも深く議論する素地が現在において根付いていることは、歴史が醸成してくれたものだと考えられます。
温故知新ですね。 -
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